207系 東西・学研都市線

●諸元
形式 クモハ207・モハ207・
       モハ206・クハ207・
       クハ206・サハ207
編成 4両編成・3両編成
営業最高速度 120km/h
設計最高速度 120km/h
起動加速度 2.7km/h/s
減速度 3.5km/h/s(常用最大)
          4.2km/h/s(非常)
編成定員 1089名
最大寸法 長さ 19500mm
             幅 2950mm
             高さ 3700mm
車体材質 軽量ステンレス
主電動機 かご型三相誘導電動機
駆動装置 WN平行カルダン
制御装置 VVVFインバータ制御
            (0番台のみチョッパ併用)
台車 ボルスタレス台車
制動装置 電気指令式ブレーキ
保安装置 ATS-Sw・ATS-P
●配置区所
網干総合車両所明石品質管理センター
●運用範囲 
東海道本線(野洲ー神戸)
山陽本線(神戸ー加古川)
福知山線(尼崎ー篠山口)
東西線(京橋ー尼崎)
片町線(木津ー京橋)
おおさか東線(放出ー久宝寺)
関西本線(木津ー久宝寺)
大阪空港線(伊丹ー大阪空港)
びわこ京阪奈線(貴生川ー京田辺)

1991年、片福連絡線(現在の東西線)の開業と、これまでの主力車である103系の置き換えの為に登場した。
当時、JP西日本では片福連絡線の開業の準備を進めていたが、片福連絡線は地下路線であり剛体架線を使用する為、前面に貫通扉がある車両でパンタグラフが2基搭載している車両でないと入線できなかった。しかし、従来の國鐵から継承した通勤型車両は前面に貫通扉は無く、パンタグラフも1基しか搭載していなかった為に片福連絡線に投入できる車両がいなかった。そこで、片福連絡線の車両は全て新造で賄うことにし、その両端の片町線と福知山線の103系を全て207系に置き換えることにした。
1991年3月に試作車である7両編成1本が製造され、淀川電車区に配置された。試作車である為、客用扉の窓が一枚に見える独特な形状だったり、運転台が量産車と異なっていたりと、この後に製造される量産車と異なる部分が多かった。これにより、103系7両編成1本を桜島線に転属、桜島線の101系が廃車された。
1991年12月から翌年2月にかけて、4両編成16本と3両編成13本の計103両が製造され、淀川区に配置された。量産車からは7両固定編成では無く分割編成とし、松井山手での分割・併結に対応した。これにより、松井山手以東も入線できるようにしている。置き換えられた103系は森ノ宮区・奈良区・日根野区に転属した。
1996年には3両編成4本が製造され、淀川区に配置された。この時投入されたのは1000番台である。これまでの0番台は、PTr素子のVVVFインバータを採用し、GTOチョッパを併用していたが、1000番台からはGTO素子のVVVFインバータ制御を採用した。又、クモハ207を設定したことで、最短2両編成から組めるようになった。
1996年5月、翌年に控えた東西線開業の為、試作編成の7両固定編成を除く全ての編成が4両編成と3両編成に組み替えられた。高槻区の6両編成と2両編成のうち、6両編成はモハ207とサハ207を脱車して4両編成に、サハ207は2両編成に組み込んで3両編成とした。モハ207は元淀川区・宮原区の0番台3両編成に組み込まれ、4両編成とした。モハ207は1500番台とし、モハ206は500番台とした。これは、0番台の出力が低く、運転台付きが2両組み込んでいる3両編成では東西線では出力不足なってしまう為。その為、全16本のうち、14本にはこのモハ207を改造して組み込んだが、残る2本にはモハ207を新造して組み込んだ。この時に1パンタ車は全て2パンタに増設した。この500・1500番台を組み込んだ4両編成と1000番台4両編成はモハ207を新造した編成を除き高槻区に転属し、4両+4両の8両編成で東海道・山陽本線で運用に就き、1000番台の3両編成は片町線で運行した。モハ207を新造した4両編成2本は引き続き片町線で運行した。更に、3両編成が不足した為28本製造した。開業までは、前述の組み替え工事により、不足した分を福知山線の207系を転用し、抜けた部分を宮原区の103系で代走させていたりしたが、この新造した1000番台3両編成で置き換えることで車両不足を解消した。
1996年9月には片町線から103系が撤退した。
1997年3月、東西線が開業した。この時、高槻区・淀川区・宮原区と分散していた207系は全て高槻区に集約された。その結果、高槻区には4両編成が58本(0番台が23本、1000番台が19本、500番台・1500番台組み込みが16本)、3両編成が55本(全車1000番台)、7両固定編成1本(0番台・試作車)の計404両の大所帯となった。運用範囲も4両編成と3両編成は東海道・山陽本線の京都ー加古川、福知山線の篠山口以南、東西線・片町線の全線となり、かなり運用範囲が広がった。7両固定編成については固定運用が組まれ、主に東海道・山陽本線と東西線・片町線を直通する普通で運用した。
1999年、7両固定編成が量産化改造を受けた。元々、7両固定編成は試作車である為、量産車とは異なる部分が多かった。その為、客用扉の窓が一枚に見える独特な形状だったり、運転台が量産車と異なっていたりしたが、この量産化改造で量産車と同じに揃えられた。とはいえ、前面のJRマークが量産車より下、車内の広告枠が量産車に比べてやや下、チョッパ音が大きい、7両固定編成などの特徴は残されたままとなった。
2000年3月、207系全車が網干総合車両所明石支所に転属した。これは、新たに開設した網干総合車両所が207系を含む新世代車の検査が可能になった事に加え、東海道・山陽本線で運行する普通電車のうち、201系・205系は明石区、207系は高槻区であった為に、運用に融通が利かず、運用範囲が福知山線や日中が西明石までに広がった明石区の予備車が不足していた。そこで、207系を全て明石区に転属し、東海道・山陽本線の普通電車の車両を全て明石区に集約することで予備車不足を解消したのである。
2002年、それまで固定運用だった7両固定編成のF編成が、201系(C編成)や205系(A編成)と共通運用になった。これにより、東西線や片町線には入線しなくなったが、新たに東海道本線草津や湖西線堅田まで入線するようになった。
2002年、片町線の輸送改善を目的に2000番台が製造された。片町線は松井山手で分割・併結し、松井山手以西が7両編成、松井山手以東が4両編成で運行していたが、ホームの延伸により京田辺まで7両編成での運行が可能になった為である。2000番台は1000番台と異なり、機器類が223系2000番台と共通化された。その為、VVVFインバータの素子がIGBTとなっている。
2003年、福知山線・東海道本線に残っていた103系の置き換え用に2000番台が増備された。103系は1994年に撤退したものの、1997年に福知山線の普通を東海道本線の普通と一体化したことにより、尼崎以東で103系が復活していた。そこで、これらを置き換えることになった。この時増備したのは2次車となり、窓ガラスが緑がかった99%UVカットガラスとなっている。これらの車両は登場時、201・205・207系7両固定編成の運用の一部に限定運用で入り、201系が宮原区の103系の運用を置き換えていた。
2003年12月、ダイヤ改正が行われ、宮原区の103系が東海道本線・福知山線から撤退し、日中の福知山線直通運用が207系に統一された。これにより、201・205・207系7両固定編成は日中は東海道本線・山陽本線の京都ー西明石を往復する運用を中心に入ることになった。尚、207系2000番台2次車はこの改正から他の207系と同じ運用に就いている。
2004年からはスカートが強化型となった。
2005年、4両編成1本が廃車となった。
2005年から、明石区の207系のうち4両編成53本、3両編成57本が新塗装化した。これは、明石区に321系を配置した影響によるもので、データイムの普通列車の運行系統を車体カラーで識別するようにした為で、東海道本線・山陽本線を直通する列車はこれまでの青系、福知山線や東西線などに乗り入れる列車は新たな塗装として一目でどの系統か分かるようにした。これにより、東海道・山陽本線を直通する207系はこれまでと同じ濃淡ブルーの帯のままとされたが、宝塚線・東西線を直通する207系は321系と同じ塗装に改められ、戸袋部に紺、腰部に橙・白・紺の新塗装となった。運用も変わり、旧塗装の車両は7両貫通編成であるF1編成は201系・205系と引き続き共通運用とし、分割編成は固定運用とした。いずれも東海道・山陽本線が主で早朝・深夜を除いて福知山線には入らなくなった。201系・205系と共通運用を組むF1編成は日中運用も多くあるが、分割編成は朝夕ラッシュ時の運用が主体となっている。高槻区の車両は東海道・山陽本線を中心に福知山線や東西線、片町線に入線するなど、範囲は変わらないものの、東海道・山陽本線を直通する列車には基本ラッシュ時以外は入らなくなった。新塗装化は2005年11月から始まり、2006年3月までに完了した。
2007年3月、大阪空港線・びわこ京阪奈線が開業し、207系での使用が開始された。
2010年、片町線の利用客増により、片町線全駅が7連対応となったことから、京田辺での増解結が無くなり木津まで7両編成で運行されるようになった。これにより、新塗装の207系の運用も7両固定で運用されるようになったことから、明石区の207のうち予備車確保の為に多く配置していた4両編成5本を新塗装化し、新塗装の運用に余裕を持たせた。
2010年から、新塗装の車両に対して座席モケットを青色から緑色に交換した。翌年2011年からは、同じく高槻区の車両に対して、つり革を225系と同じオレンジ色の大型のものに交換。これらの改造は2012年までに完了した。
2011年には、おおさか東線経由の直通快速での運転を開始した。これは、北新地にホームドアを設置したことによるもので、これまでの223系が3扉で対応できないことから207系で置き換えることになった。尚、この207系を充当させることによる他線の不足分は宮原区の205系で運行することとした。
2014年、207系も製造から20年以上が経過したことから体質改善工事が始まった。主な改造内容は前面の塗装パターン変更、前照灯のHID化・フォグランプ増設、行き先表示器のフルカラーLED化、客用扉の窓ガラスの複層化、大型袖仕切への交換、スタンションポール増設、化粧板張り替え、機器更新などである。この改造は当初0番台量産車・500・1500番台のみ対象としていたが、1000番台にも施工された。500・1500番台組み込みのH編成には2017年より工事が開始され、このうち500番台は制御装置の素子をSiCに変更している。尚、明石区にも体質改善工事を施工した車両が出てきたが、この際に塗装変更も行われている。
2016年、旧塗装の207系のうちZ21編成とS38編成に体質改善工事を実施し、新塗装化された。
2018年現在、東西線・片町線を走る207系は網干総合車両所明石品質管理センターに4両編成58本、3両編成58本、単車1両が在籍しており、東海道・山陽本線野洲ー加古川、福知山線尼崎ー篠山口、東西線・片町線、おおさか東線、関西本線木津ー久宝寺、大阪空港線、びわこ京阪奈線で運転されている。